2010年07月27日

帰国子女の進学

帰国して、早3年になろうとしています。
本ブログも、だんだん、「思い出話」的な内容になりつつありますが・・・

       本    本    本    本    本

家族帯同で海外生活していると、
小学校高学年くらいから、「進学」について、悩むことが増えます。

今まで、あちこち転勤を繰り返し、
そのほとんどが英語圏だったのですが、我が家では、英語を無視して、
『日本語』を重視してきました。
(幼稚園、小学生の時代は、その方が大切だと判断したためです。)

『せっかく英語圏に暮らすのだから、現地校に通っているのだから、
しっかり英語ができるようになって』、と、
そう考えるのが一般的で、現地の生活になるべく早く
慣れるように、親も子も頑張るのものなのですが・・・

私の子育てのモットー『いつもご機嫌に!』が災いして(笑)
「英語を話すのが苦痛なら、必要な時だけでイイよ。君は日本人なのだから」と、
家庭では、日本語のみ。
現地校で、英語に苦労する時間を過ごして帰宅して、更に、英語だなんて・・・
と、考えたのです。
熱心な親や専門家が聞いたら、「甘やかしすぎでしょ?」みたいなやり方ですよね。

なので、色々と、辛い面に直面することもありました。
現地校の先生には、「英語力が足りない・・・」と、面談の度に指摘されていました。
もっと英語ができるようにしてあげればよかったかも・・・と、後悔することもありました。
帰国後、子供は、「帰国子女」であることを公言したがりませんでした。

中学で帰国する際に、「帰国子女枠」のある学校へ編入させたいと、
考える親が多いです。 今では、「TOP校」から、「誰でもOK校」まで
帰国子女受け入れ校は、増えました。 選ばなければ、多分、行き先に
困る事はないと。その点では、一般の高校受験と変わらないですよね。

そういう我が家も、「インターナショナルスクール」への編入を考えたこともあり、
1時間半かけて、親子3人で、校長先生面接を受けに出かけたりしました。
「受け入れ校」に近いところに住まいを・・・と考えたりもしました。
でも、本人の希望と、「地元公立中学、徒歩5分」という好条件に負けて、
結局は、「他校編入」を諦めました。 その頃は、悩みましたが、
今は、うちの子供には、これでよかったのだと、満足しています。

中学1年2学期からの転入ですが、家の隣にあった
(進学目的ではなさそうな)大手の塾に「数学」だけお願いし、
あとの科目は、(主要5科目以外も含め)通信教育のテキストを利用して、
定期テスト前に私が適宜フォローしました。
保健体育、家庭科、音楽等、なかなか一人では、テスト勉強が出来なかったようです。
このようにして、子供のスピードに合わせながら、学力アップを目指しました。

「近い・便利・無理しない」が、キーワードです。

子供は、どんどん日本での生活に慣れてきて、楽しそうに過ごして、
下校後や、休日に一緒に遊べる仲良しの友達もできました。
勉強する習慣は、なかなか身につかないようでしたが、
学校でのテストの成績は、右肩上がりでした。

そのうちに、「授業のフォロー専門?」の近所の塾に物足りなさを感じるようになり、
3年生になる春休みから、電車で通う、大手有名進学塾に移籍して、
家の中には、勉強するスペースも確保して、
本格的に受験勉強体勢に入るように環境を設定しました。

それまでは、「英語なんて、好きじゃない」と常に言っていた子供が、
急に英語を熱心に勉強し始めました。
どうやら、自分にとって「得点源になる科目」であると、認識できたようです。
そこは、一応「帰国子女」です、家では日本語だけだったとはいい、
一般中学生よりは、英語力があるようで、さっさと英検合格を果たし、
塾の模試では、好成績をあげるようになると、加速度がつきます。
こうなると、自らの意思で積極的に英語に取り組み始めます。
今では、高校で、「語学部」の部活をはじめて、更に英語に親しむように
なったようです。

帰国子女の知り合いの方たちは、それぞれの事情で、
それぞれの環境で、その子供に合った進学先を選んでいるようで、
我が家のように、一般受験で、高校進学する人もいるし、
中学卒業時期に合わせて家族のみ帰国して、
「帰国枠」で受験し、私立高校へ進学する人も多いです。

その子に合ったやり方で、せっかく身に付けた英語力を
生かせてあげられたら、それが、一番ですよね。
うちの子供は、高校受験時期になって、つまり、帰国後2年半後に
英語に目覚めました。 どうやら、大器晩成タイプのようです。

短期間でも、英語圏の現地校に通った経験をお持ちなら、
うちの子のように、「英語は好きじゃない」と言って拒絶していても、
いつの日か、「英語」を使いたくなる日が来る事でしょう。
そのときまで、少しずつ、無理しないで、家族は、見守っていきたいものです。
それぞれの人生を楽しんでほしいものです。
posted by Jossie at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

サンタクロース

クリスマスクリスマスクリスマス クリスマスですね。

いつの間にか、サンタクロースのことを話題にしなくなり、
クリスマスケーキに興味を示さなくなって・・・
親が、ひとりでクリスマスツリーを飾り付ける事になって・・・
そんなところに、わが子の成長を感じます。

クリスマスアメリカでの忘れられないクリスマスの思い出をひとつ。

マイアミで、幼稚園から小学校までの一貫教育の
プライベートスクールの幼稚園部に通っていた時のことです。

「クリスマス・イベント」と題して、その日は、親達も招待されました。
マイアミは、クリスマスでも暖かで、半そで姿の人もちらほら。
なので、広い芝生の校庭に集合となっても、全然寒くない。
クリスマスらしくないかも〜なんて、思っていたら、

突然、空からヘリコプターが舞い降りてきました。
校庭の真ん中に着陸。
中からは、おおきな袋を背負ったサンタ姿の校長先生が・・・
みんな、ビックリ仰天です!!
子供達、大歓声! サンタクロースの校長先生は、
生徒ひとりひとりに、プレゼントを渡します。
必ず、一言メッセージを添えて・・・
うちの子には、「どうだい?アメリカって楽しいだろ~?」でした。
「21世紀のサンタクロースは、ヘリコプターでやってくるの?」とうちの子。
「HO,HO,HO!!この学校にだけ特別だよ〜〜」

その後、校長先生のお話タイム。
どうやら、地元の警察署長さんと懇意で、
今日は、特別に警察のヘリをお願いしたそうです。

最近では、いろいろ規制があるので、
なかなか、こういう奇抜な演出もやりずらそうですが、
いかにもアメリカらしくって、いいなぁって、思いました。
目を輝かせている子供たちの表情、ステキでしたぴかぴか(新しい)
posted by Jossie at 14:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

ブリッジと麻雀の長話

Contract Bridge(コントラクト・ブリッジ)、トランプゲームの一種です。
ハートスペードダイヤクラブ日本では、あまり知名度は高くないみたいですが、
海外では、広く一般に浸透しているようです。
内容は、複雑なので、省きますが、海外転勤が決まると、
特に、支店長クラスの上層部の方たちとお付き合いのある場所なら、
麻雀とブリッジが出来ると、交際範囲広がるわけで・・・

初めての海外転勤が決まった当時、そんな先輩方に恵まれた?私は、
上司の奥様に紹介されて、
元・某大使夫人のお宅で「サロン」と称した
「ブリッジ&麻雀教室」に週1回参加していました。
その頃、周囲では、企業や、大使館等を既にご引退された方が
後輩たちのために・・・と、「サロン」を開催するのが、流行していました。
なんだか、「外国にいるみたい」な雰囲気のするお宅で、パーティーのように
繰り広げられる「ブリッジ&麻雀教室」は、私にとっては異空間で、
これから始まる海外転勤の日々が「恐ろしさ」と「好奇心」で一杯に思えて(笑)

当時、新婚間もない若輩者でしたから、そんな上層部の方々との
お付き合いなんて、全く関係ないはずでしたが、
「覚えておいて、損はないから、いい経験よ〜」と勧められるまま
出発までの約半年間ほどお世話になりました。
そのサロンでは、ゲームだけでなく、「転勤経験談」や、「現地情報」みたいなものも
教えていただけたので、「転勤前講習会」みたいでした。

いまや、「お一人様」となった、サロンの主催者は、
一人でお食事もつまらないということで、いつも夕食時に皆を集めて、
ゲームの手ほどきは、少々、あとは、みんなでおしゃべりしながら夕食というわけです。
その方、さすがにお料理の腕は抜群で、毎回、いろいろな
パーティー料理がテーブルに並べられ、「お料理教室」のようです。
きっと、その日は、朝から、ずっと、お料理をしてくれて
家中をおもてなしモードにセッティングしてくれていたのですね。
新米主婦の私には、そんな全てが新しく見えて、勉強になりました。

さて、肝心の麻雀とブリッジですが、一応基礎的なことは習得できた?つもりで、
いざ、アメリカへ飛行機
結論だけ記すると、「おかげで友達ができました」手(チョキ)
下っ端の若輩者ですから、「お偉いさん」たちとのお付き合いには
出ませんが、近所の人たちとの「お集まり」では、
「パーティーブリッジ」のお仲間がたくさんできました。
当時、アメリカで、そんなお遊びをしているのは、海外転勤族か、
高齢者が多いので、お友達は、「おばあちゃん」が多くて、
あとは、世界各国からアメリカへ転勤してきた方の
奥様方が多かったかな?日本企業からの参加は、私一人でした。

日本で「ブリッジ」というと、「競技ブリッジ」の印象が強くて「お堅い」イメージでした。
あ、4人でするゲームなんですが、2対2でペアで戦うのです。
で、スコアーで順位が決まるのが一般的で、アメリカには、公式の
「ACBL」という、ブリッジ協会(日本でもJCBLがあります)

http://www.jcbl.or.jp/ それによると、

『ブリッジはIOC(国際オリンピック委員会)にマインドスポーツとして公認されているスポーツ競技。
2008年10月、北京で、「第一回ワールドマインドスポーツゲームズ」が開催された。 』
のだそうです。

「パーティーブリッジ」は、それよりも、ずっとカジュアルで、
本当に「お遊び」の領域です。「ポーカー」に似ているかも。
私たちが楽しんだのは
誰かの家に集まって、その家の人は、一応ドリンク類と
ランチを用意して、10時頃から3時頃まで、ゲームです。
一応、「ランチ代」と称して、一人1ドルずつお金を出し合い、
その日の優勝者が、もらえるという仕組みです。
パーティーブリッジの場合、パートナーは、1回ずつ
ダンスのお相手のように、替わって行くのです。
なので、自分が「へたくそ」でも、スコアは、自分だけだから、
競技で、パートナーに迷惑をかけるよりは、お気楽です。

毎回、いろいろな人のご自宅訪問できるし、そのお宅で、
外国の家庭料理も楽しめるし、奥様たちの途切れないおしゃべりを
聞き取って、会話についていくのは、大変だけど、
街の噂だとか、生活一般、色々な事が話題にのぼって、興味深いです。
私は、最年少ということもあり、みなさん、とても親切で優しく接してくれました。
そんな全てが、「夫の会社のお付き合いや、しがらみ」から離れて
言葉は不自由だけど、居心地がよく、「自由」を感じられるひと時でした。
「ブリッジ」がほんの少し出来たので、英会話に自信がなくても、
現地のお友達と楽しむ事ができたわけです。先輩に感謝。

滞在の後半部分では、だんだん慣れてきて、その中の数人と
「ACBL主催公式競技会」なるものに参加する機会もできました。 
アメリカのブリッジ人口、こんなに多いんだ・・・・と驚くほどの人数です。
地元のホテルの宴会場を貸しきったり、公民館みたいな場所で、
全国各地で定期的に開催されています。
さすがに、競技会となるとレベルが違うので、パーティーブリッジで
おしゃべり中心に遊んできた私たちには、太刀打ちできません。
一番初級レベルでも、強すぎて頭が痛くなりそうな状態です。
それでも、たまに「刺激」が欲しくて?出かけてみたり、
その協会が主催する講習会に参加して、外の世界をのぞいてくるのです。

    ********************

「麻雀」は、その後、ペルーで、ずいぶん「遊び」ました。
ペルーは、当時治安が悪く、外出先も選ぶほどで、
特に外国人は、「狙われやすい」ので注意が必要といわれていたので、
インドアーアクティビティーがさかんになります。
そうなると、ブリッジか麻雀ということに。
今度は、各国大使館勤務の若い奥様たちが中心になって
「麻雀サロン」を開催していて、取引先の奥様に紹介してもらいました。
本当に、各地でさまざまな「お宅訪問」ができました。

「麻雀サロン」も、アメリカのブリッジパーティーとほとんど同じ感じでした。
こちらの方は、駐在員奥様中心なので、同年代の方々もちらほら。
テーブル上では、子供の学校のことなどの話題が増えました。
麻雀は、どうやらルールが、日本のものと違って、
「インドネシア・ルール」と、みなさんは、呼んでいたようです。
こちらのルールの方が、ずっと簡単で、解説図付きのチートブック(アンチョコです)を
もらったので、すぐに理解できました。
ペルーに滞在する外国人同士という共通点で、お互いにとても仲良しになれました。
自宅で、会社関係のパーティーをしなければならない時、
彼女たちが、一緒にメニューを考えてくれたり、
危険な地元の市場への買い物に付き合ってくれました。

   *************************

先輩奥さんから、なかば強引に勧められてはじめた
麻雀とブリッジでしたが、それなりに、海外で役立って、
おかげでたくさんの人と知り合いになれました。
海外に転勤すると、親や親戚から遠く離れ、
「孤独感」に襲われることもあり、
狭い日本人社会や会社のお付き合いの中で、
ストレスとの戦いになることも・・・
そんな時に、言葉を越えた、「楽しみ」「仲間」があれば、
ささやかだけど、現地のステキな思い出になれるかも。
posted by Jossie at 16:52| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月03日

給食DAYのMENU

ビル 海外日本人学校では、各学期に1回、つまり年3回
「 給食DAY 」 というPTA主催の行事がありました。

日本の給食を体験させてあげよう、という趣旨です。
保護者全員が、各学期に分かれて、それぞれのチームで
メニューを考えて、料理して、配膳まで全てを行います。
チームの取りまとめ役は、PTAの役員です。
人数が少ないので、役員は、必ず順番がまわってくるのです。

他にも、PTAの役員としての、大変な仕事はありますが、
この、給食DAYのメニューを考えるのも一苦労です。
約100人分の給食を、ママさんたち10人ほどで作ります。
そのうちの、約半数は、日系人や、現地人のママさんなので、
日本語が、片言という方もいらっしゃるわけで・・・
材料の買出しから、当日の役割分担、進行表作成などなど、
ホントに、頭が痛くなる作業です。

さて、何回か経験した「給食DAY」で、人気のあったメニューは、

@ ビビンバ丼 
A ギョーザ
B ソース焼きそば
C 鉄板焼き(バーベキュー) 

他にも「トン汁」や、定番で「カレー」なども。
カレーライスは、必ず1年に1回、組み込まれます。
その「回」に担当になれたPTA役員は、ラッキーです。
メインメニューが決まっているわけですから、あとは、
副菜とデザートなどです。

  bibinba!.JPG

 ↑↑↑ 先日、当時を思い出しながら、作ってみました。
「 ビビンバ丼 」 です。 子供には大人気でした。
先生方や、PTAのお手伝いしてくれた保護者の方には、
コチジャンや、キムチを追加する、などで、大人っぽくします。
 
材料調達で、焼肉のタレ、もやしが購入可能な地域でしたら、
なかなか簡単で、冷めても美味しいし、成功率高いです。
牛肉は、和牛に比べて、堅いものがおおいので、
スジ切りなど、「下ごしらえ」が必要かも。

みんなで、同じメニューを一緒に食べる、ということ。
海外日本人学校では、なかなかできない経験です。
私たちがお世話になった日本人学校では、給食DAYの日は、
小学1年生〜中学3年生と、校長先生他、先生全員が
中庭で、一緒に食事をします。
そのために、わざわざ外へテーブルや椅子を運び出さなければなりません。

「給食DAY」、PTAは、大変ですけれど、
みんなの喜ぶ笑顔で、疲れも忘れられそう・・・?
posted by Jossie at 00:07| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

宝物の包丁

アメリカに初めて赴任するときに、会社の先輩奥様から、
「包丁は、いいものを・・・」という、アドバイスをいただき、
はてな?海外には、ヘンケルだとか、有名なブランドが
安価で手に入るはず、と、思っていた私でしたが、
早速、日本橋の「木屋」という、ブランドが思い浮かび、
買いに出かけました。 が、さすが老舗ブランド、お高いです。
新婚さんの私には、何万円もするのは、当時、いえ、今でも無理(笑)。

http://www.ameyokonet.jp/kiya/item_list.php?f_b_category_id=1&f_m_category_id=1

2万円も、3万円もするような包丁もありますが、
「海外で、使う」ということを話して相談すると、
「エーデルワイス」という、商品名の牛刀をすすめてくれました。

これは、ステンレス製で、お刺身も切れる万能タイプだそうです。
そして、手の届く価格(笑)で、それほど重くなくて、大変扱いやすい包丁でした。 

      knife-Kiya.JPG

1回目の転勤から、帰国した時、酷使して、お手入れを怠っていたため、
刃が、ボロボロ状態でした。「もう、ダメかもしれない」と、思い、
次の海外転勤に備えて、
同じものを購入してこようと、その包丁をお店に持参したところ、
「研ぎなおして」くれて、新品を買わずにすみました。
なんて、良心的なのでしょう。
肉眼で見て、わかるほどに、刃がボロボロだったのに、
本当に、見違えるほどにきれいにしてくれて、感激しました。
そして、自分の不精さを反省し、
海外では、「木屋」さんのメンテナンスを受けられないので、
その時に、一緒に購入した、「研ぎ石」で、
時々、自分で研いでいます。 研いだばかりの包丁は、
気持ちがいいほど、よく切れて、千切りキャベツも、
みじん切りも、飾り切りも、自分の実力以上のできばえです。

あれから、20年以上、今も現役で使い続けています。
海外で、数々の接待料理を作るときに、私を助けてくれたのも
この使いやすくて、切れ味のいい、包丁でした。
途中で買った、ヘンケルの包丁は、既に「引退」しています。
こんなに、日本製の包丁が長持ちするなんて、意外でした。
今では、私の「宝物」のひとつです。

posted by Jossie at 18:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする